2008年7月11日金曜日

段原電車通り/奇跡の蛍

 一週間程まえの真夜中。仕事で神経磨り減らして重い足取りで段原電車通りの路地裏を歩いていた。いつも野良猫のための餌が置いてあるガレージのあたりで、小さな光が揺れながら近づいてきた。手を伸ばせば届くくらいの高さだ。そして花びらが風に舞う様にゆっくりと地面に落ちた。軒下にいた猫がにじり寄り、不思議な明滅に興味深々で顔を近づけている。
 猫と一緒にしゃがみこむと、まぎれもなく蛍。明滅が早いような気がする。はぐれ蛍。一匹だけで光っても切ない。段原電車通りの路地裏、比治山はあるけど、カワニナのいる清流なんて望むべくもない。猫は逃げたが、蛍は生ぬるいアスファルトに身を伏したまま強い緑色の光を闇に放ち続ける。リズムが走ってないか?ビバーチェしすぎじゃないか?相手がいないとテンポを確かめられない一匹の蛍。人差し指を差し出すと、指の腹にしがみついてきた。もう飛べないんだろうか。
 近くの公園まで歩き、立ち木の下で指を揺らす。飛び立つ気配がない。もう一度・・・、今度は幹の上に落ちた。でも、どんな状態でも相手を探して明滅を繰り返し続ける。掴もうと、その身体に指が触れたとき、羽があたった。光が飛んだ。見上げると立ち木の葉をくぐり光が上にあがっていった。擦り切れていた心にすこし光が点ったような気がした。
 あと何日、何時間、生きていられるんだろう。一匹だけで。苦い水しかないのに。 奇跡の蛍。
 写真は鳥取の樗谿ホタルの会が撮ったもの。毎年、蛍の数が減っているという。
 2002年6月9日、日曜の日韓ワールドカップ、稲本のスーパープレーで日本がロシアを下した。その日、樗谿の夜はぬばたまだった。 神社の入り口を過ぎると灯りはない。すれ違うカップルの顔もわからない。淡い光を放つ蛍が両脇をすり抜けていく。携帯で足元を照らして、小川沿いに奥に入る。
 次第に舞う光が増えて、ぬばたまに嬌声もあがる。小川に架かる橋の周りに人が群がっている。その橋がみんなの目当てだ。なかなか場所が空かない。橋から洞穴のような沢が見下ろせる。そのカタチそのままに巨大なシャンデリアが浮かび上がり、幻想の輝きが見るものの心を奪う。闇のなかで緑色のシャンデリアが規則正しく鼓動する。しばらく橋の上にいた。こんなの生まれて初めてと、何人もが口を揃えて見とれていた。
 そのシャンデリアは、その年以降、姿を消した。あの日の樗谿も奇跡の蛍だった。
 去年の今頃は、レミオロメンの蛍をずっと歌ってた。・・・半音下げないと、きつい。