川江美奈子が神奈川県民ホールの三階でユーミンを見た感想をブログに記していた。「あの歌の最初のコードが響いたとき、目の前のおばさんが静かに顔をおおって泣いた。どんな記憶を引き連れていたのかな。そっと見渡せばあっちにもこっちにも。ひとつの歌が、無数の人生の景色にかさなっていることを実感しました」と。二十数年前、神奈川県民ホールの三階席とステージとの距離に失望した記憶はあるが、アラジー、アラバー(近いうちに爺さん婆さん)世代には時空を超えた魔力を持つ歌手ということらしい。
http://blog.oricon.co.jp/minako_kawae/
三夜連続の広島公演。平和記念公園にほど近い厚生年金会館ホール。アラジー、アラバーが長蛇の列を為し開演を待つ。とうかさんの祭りで中央通り、本通りには色とりどりのカジュアル浴衣のお姉さんがあふれているのに、こちらは加齢臭発生基地になっている。アンジーのときのような母娘連れはない。ユーミンは55歳。娘はもう別の家庭を持ってる世代。
中二のとき拓郎を知ったが「結婚しようよ」と「旅の宿」までで止まった。かぐや姫はしょうやんの曲しかセンスを感じなかった。キャロルはよくわからなかった。Queenなどの外国のアーティストを除いて、アルバムを聴いて感激した音楽世界はユーミンだけだった。セカンドまでの荒井由実の感性の結晶に心酔した。高二の冬、結婚まえの荒井由実ラストコンサートでは最前列に座り握手を求めた。それから、ずいぶん、時が流れた。
◇荒井由実/ひこうき雲
1.ひこうき雲2.曇り空3.恋のスーパー・パラシューター4.空と海の輝きに向けて5.きっと言える6.ベルベット・イースター7.紙ヒコーキ8.雨の街を9.返事はいらない10.そのまま11.ひこうき雲(Reprise)
◇荒井由実/ミスリム
1.生まれた街で2.瞳を閉じて3.やさしさに包まれたなら4.海を見ていた午後5.12月の雨6.あなただけのもの7.魔法の鏡8.たぶんあなたはむかえにこない9.私のフランソワ-ズ10.旅立つ秋
珠玉の作品群。完成度の優劣はあれど唯一無二の魅力がそれぞれの楽曲にある。
シャングリラでロシアのアスリートと共演したとき、その壮大なショーのインパクトは見事だった。唯一、足をひっぱたのは、ユーミンの歌唱だけだった。 清水ミチコのものまねには悪意を感じるとユーミンがインタビューに答えていたが、真意はどうあれ忠実に表現すればそうなる。さらに、女性の声の老いは早い。パンフレットにロシア人のコメントで「日本で一番の歌手と共演できて光栄」とあったが、正直ちょっと恥ずかしいという気が勝った。
一階席の最後尾だが意外にステージまで近い。演者の表情がはっきりわかる。ぎっしり埋まったアラジー、アラバー。10分遅れで開演。中世の貴婦人の装いで現れ、オープニングは「航海日誌」。見事にオバ声、そしてきちんと音程がぶれる。ワイヤーアクションで貴婦人が宙を舞い、てんてんと飛び移る。そのさまは魔女のようだというよりは、ほとんど妖怪の所作に近い。にも関わらず、われんばかりの大歓声が会場を包む。 マジックさながらにステージから消えた直後、一階席中央列に現れたが、フードで顔を覆った立ち居振る舞いはダースベイダーそのものだった。アラジー、アラバーはおおはしゃぎだ。
二曲目の「ベルベットイースター」のピアノ、中盤の「ジャコビニ彗星の日」の歌いだしでは、いまの歌がどうであれ胸にせまるものがあった。川江美奈子がいう「景色の重なり」だろう。新しいアルバムの楽曲には興味をもてないでいたが、武部 聡志をはじめとするベテラン演奏陣は豪華だ。蛍光スティックを持つ女性のパーカッショニストの動きはシャープで音に切れ味があり楽しませてくれる。後半一時間はノンストップといって、次々に着替え、往年の楽曲(やさしさに包まれたなら、青いエアメイル、守ってあげたいなど)や新曲で沸かしてくれた。「14番目の月」では、若いパーカショニストよりも露出が多いスパンコールミニで登場し、ラインダンスさながらに足をふりあげる。会場は総立ち。いちばんの盛り上がりだ。「水の影」でメンバー紹介してアンコールへ。
アンコールでは、セーラーマンルックで現れ、歓声に大きく手を振って応える。「ダンデライオン」、「埠頭を渡る風」、そして最後の曲「二人のパイレーツ」は武部と二人きりになって締めくくり。航海日誌を読み返すかのように、武部のピアノが追憶への階段へ誘う。アルペジオのリフが印象的で、ゆったりとした曲調。心なしか、ユーミンの歌がうまく聴こえる。
満場の声援に、ふかぶかと礼をし、笑顔でステージを去ったユーミン。ワイヤーアクションやマジックにダースベイダー、果てはスパンコールミニのラインダンス、そして観客の満足しきった表情・・。いったい、これは何なのだろう。少なくとも、アンジェラ・アキの後に聴くべきライヴではない。また、発売されたばかりの伊藤由奈のCD(DREAM)を聴いたあとに行ってはいけない。誰も歌の完成度を求めていない。オバ声でも、音程が外れてても構わない。そこにユーミンがいればいいのだ。ユーミンが足を高く振り上げ、会場から驚嘆の声があがったとき、なにかわかったような気がした。ユーミンは歌謡界の「森光子」なのだ。足が高くあがらなくなったとき、でんぐりがえしくらいやってくれるだろう。「景色の重なり」を武器に、常に観客を驚かすこと、そしていつまでも表現し続けることで、ユーミンは森光子になろうとしている。
ユーミンが、でんぐりがえしをやる頃、どんな時代が待ちうけているのだろう。
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